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大阪地方裁判所 昭和52年(モ)3745号 判決 1979年2月21日

申請人 高杉峯敏

右訴訟代理人弁護士 藤田恭富

被申請人 栗原嘉右衛門

右訴訟代理人弁護士 石田一則

右訴訟復代理人弁護士 川崎壽

主文

1  申請人と被申請人との間の大阪地方裁判所昭和五一年(ヨ)第二、〇〇二号建築工事禁止仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和五一年六月二九日別紙物件目録(二)記載の建物(未完成)につきなした仮処分決定を認可する。

2  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

主文第1項と同旨

二  被申請人

1  主文第1項掲記の仮処分決定を取消す。

2  申請人の本件仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  別紙物件目録(一)記載の土地(以下、仮換地の地番をとって、単に七の八の土地という。)は申請人の所有であり、別紙物件目録(二)記載の土地(以下、仮換地の地番をとって、単に七の三の土地という。)は被申請人及び訴外栗原津世子の共有であって、右各土地は隣接(以下、右各土地の境界を本件境界という。)している。

2  申請人は、七の八の土地上に別紙物件目録(一)記載の共同住宅(部屋数四〇個を有するアパートで、以下単に「永楽荘」という。)を建築所有し、これを賃貸してきたところ、被申請人は、昭和五一年四月頃七の三の土地上に訴外明伸建設株式会社(以下、単に明伸建設という。)をして、別紙物件目録(二)記載の建物(以下、単に本件建物という。)の建築工事に着工せしめた。

3  しかしながら、本件建物は本件境界から僅か二センチメートルないし四センチメートルの間隔しかなく、ほとんど本件境界に密着して建築されており、民法二三四条一項の相隣関係の規定に違反している。

4  ところで、「永楽荘」には、現在約四〇世帯の家族が居住しているが、右建物の北側の部屋は本件建物に面しているため、現に採光、通風等に障害を受けており、仮に本件建物が完成すれば、採光、通風はいまに増して悪化することはもとより、本件建物の外壁に当って跳ね返る雨水、その他の物が、七の八の土地内に落下したり、また申請人が建物の改築建替をする際には、七の三の土地をそのために利用することができず、その他いろいろな面で生活利益を害されるおそれがある。

5  申請人は目下本案訴訟を準備中であるが、これが完成すれば、仮に本案で勝訴しても、本件境界から五〇センチメートル以内の本件建物部分の除去を求めることは不可能である。

よって、本件仮処分申請に及んだところ、当裁判所は右申請を認めて、被申請人及び明伸建設に対し、「本件建物に対する建築工事をしてはならない。」旨の仮処分決定をなしたが、右決定は正当であるから、これが認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

被申請人及び明伸建設に対し、申請人主張のごとき仮処分決定がなされたことは認めるが、本件建物が完成すれば、「永楽荘」の北側部屋の採光、通風等の悪化、その他いろいろな面で生活利益が害されるおそれがあるとの点は否認する。

三  被申請人の主張

1  七の三の土地は、準防火地域にあるから、民法二三四条一項の特則を定めた建築基準法六五条によって、鉄骨造りの耐火構造である外壁を有する本件建物は、本件境界に接して建築することが許される。

2  仮に右主張が認められないとしても、七の三の土地は国鉄東淀川駅から約五〇メートル、新大阪駅から約一、〇〇〇メートルの位置にあり、近時都市計画街路の整備により発展の著しい商業地域に属し、その付近には民法二三四条一項の規定と異なり、境界線に接して建物を建築してもよいという慣習が存在する。

3  仮に右主張が認められないとしても、本件仮処分申請は、次のとおり権利の濫用であり、違法である。

(一) 本件建物が、仮に本件境界に接着して建設されたとしても、本件建物は「永楽荘」の北側に位置するから、日照には全く関係なく、採光、通風等も言うべき影響があるとは考えられず、また観望の点も、被申請人において目かくしを設ける用意があったのであるから、これまた問題とはならないものである。

(二) 本件仮処分申請は、本件建物が外廻りの工事も既に終り、七ないし八割かた出来上っていた段階でなされたものである。従って、いま右建築工事を禁止されれば、被申請人の受ける損害は極めて大きく、仮に境界線から五〇センチメートル以内の建物部分を除却しなければならないようなことになれば、建築自体を一からやり直さなければならず、その損害は計り知れないところ、申請人は右建築工事の進捗状況を知悉しながら、あえてかかる段階で、本件仮処分申請に及んだのは権利の濫用というべきである。

4  よって、本件仮処分決定は、その被保全権利も保全の必要性も欠くことになるから、取消されるべきである。

四  被申請人の主張に対する認否

1  第1項のうち、七の三の土地が準防火地域にあること、本件建物が鉄骨造りの耐火構造の外壁を有することは認める。

2  第2項のうち、七の三の土地が商業地域に属することは認めるが、右土地付近に民法二三四条一項の規定と異なる慣習があるとの点は否認する。

3  第3項は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  七の三の土地(以下、七の八の土地とを併せて本件土地付近ともいう。)が準防火地域にあること、本件建物が鉄骨造りで耐火構造の外壁を有するものであることは当事者間に争いがなく、七の八の土地が申請人の所有に属し、七の三の土地が被申請人及び栗原津世子の共有に属し、右各土地は隣接していること、申請人は七の八の土地上に「永楽荘」を建築所有し、これを賃貸してきたところ、被申請人は昭和五一年四月頃七の三の土地上に明伸建設をして本件建物の建築工事に着工せしめたこと、本件建物は本件境界から僅か二センチメートルないし四・五センチメートルの間隔しかなく、ほとんど本件境界に密着して建築されていることは、被申請人において明らかに争わないので自白したものとみなす。

二  そこで、まず被申請人の主張第1項(建築基準法六五条は民法二三四条一項の特則を定めたものであるとの主張)につき判断する。

民法二三四条一項は、隣地上における築造、修繕の便宜、火災の延焼防止、日照、採光、通風等の生活環境上の利益を確保せんがため、相隣土地所有権の内容に制限を加え、私人間の権利関係を調整せんとするものであるのに対し、建築基準法六五条は、同法の目的、同条の位置、規定内容からすれば、専ら防火という公共的立場に立って、これと土地の高度利用との関係を調整せんとする建築行政に関する公法と解すべきである。従って、同条は、同条所定の要件を充さない限り、仮に相隣者の同意や民法二三四条一項の規定と異なる慣習があっても、境界に接して建物を建築することは許されない旨を規定したものと解すべきである。民法二三四条一項が確保しようとしている生活環境上のいろいろな利益を、防火という点を除き置去りにするような見解、即ち建築基準法六五条は民法二三四条一項の特則を定めたものであるとの見解は採用できないのである。

三  そこで、次に被申請人の主張第2項(本件土地付近には民法二三四条一項の規定と異なる慣習があるとの主張)につき判断する。

《証拠省略》を勘案すれば、本件土地付近は、国鉄新大阪駅周辺の都市改造計画の一環として区画整理の行われたところで、昭和四〇年頃から急速に発展してきた地域であり、七の三の土地は、国鉄東淀川駅から西方約五〇メートル、新大阪駅から北方約一、〇〇〇メートル、地下鉄御堂筋線東三国駅からほぼ東方約六〇〇メートル隔った商店街の一画に位置し、その一方を右商店街に接し、七の八の土地は、その裏側(南側)に隣接して位置する。右商店街は東西に走る幅員約四メートルの道路を狭んで概ね二階建の店舗兼居宅が立ち並び、右建物は大部分隣地境界に接着して建てられており、従って建物と建物との間隔はほとんどない状態であるが、右商店街を一歩はずれると、中に三、四階建の建物を散見できるが、概ね一、二階建の建物が建つ低層住宅地であり、殊に「永楽荘」の存在する付近は未だに空地もみられる閑疎な低層住宅地である。そして右低層住宅地においては、右商店街とは異なり、建物を隣地境界に接着して建築しているところは少なく、従って建物と建物との間に多分にゆとりのあるところが多く見受けられる。因みに本件建物が建築される以前は、七の三の土地には軽量鉄骨造りの仮設ガレージ風の建物が本件境界から約一メートルの間隔を置いて建てられていた。ところで右商店街における右のような接境建築は、本件土地付近における前記区画整理に伴う仮換地指定がかなりの減歩率をもって実施されたため、右商店街の会合において、右土地使用者からできるだけ敷地一杯に建物を建築したいとの要望が強くでたことから、いわば相互了解のうえでなされたものであること、そのためか、右各建物の隣接面にはほとんど窓といわれるものは設置されておらず、従ってこの限りにおいては通風、採光に何ら影響を及ぼしていないことが、それぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、本件土地付近においては、未だ隣地境界に接して建物を建築することが許されるという慣習が存在するまでには至っていないとみるのが相当であろう。

四  そこで、進んで被申請人の主張第3項(権利濫用の主張)につき判断する。

《証拠省略》を勘案すれば、本件建物は昭和五一年三月頃約三、〇〇〇万円の工事代金で明伸建設が請負ったもので、当初は本件境界から四〇センチメートルないし五〇センチメートルの間隔で建築する予定であったところ、被申請人が所轄警察署から、本件建物の用途上(パチンコ店)、その前面にできるだけ広く自転車置場を設置されたいとの指示を受けたため、前記のとおり本件境界に接着して建築することに設計変更し、同年四月頃右工事に着工したこと、右工事は、本件建物が本件境界に接着していたため、当然のことながら申請人所有の七の八の土地に工事用の足場を設置してなされたが、その同意を直接申請人から受けていなかったことから、同年六月頃本件建物が、その外廻りの工事を終え、約七割程度の工事完成をみた段階で、これを知った申請人から、まず右足場を取りはずせ、境界に接着して建築されては困る、本件建物の南側の窓を撤去せよという要求がなされたが、申請人及び被申請人並びに明伸建設の三者が話し合った結果、本件建物の南側に設置される窓に目かくしをすることで合意に達し、右問題は解決したかにみえたが、翌日被申請人が右目かくしをすることに同意できないと、これを破談にしたので、申請人において本件仮処分申請に及び、本件仮処分決定がなされた(この点は当事者間に争いがない。)こと、しかし、右仮処分決定後も引続き右三者間で話し合いがもたれた結果、本件建物の南側の窓に目かくしをすることの他に、七の八の土地の使用料、「永楽荘」に対する採光、通風、雨水の跳ね返り等の保障の意味で、明伸建設が申請人に対し一二〇万円を支払うことで、再度解決したかにみえたが、明伸建設が、右一二〇万円を支払う見返りとして、被申請人に示した本件建物建築工事の残代金(一、三〇〇万円)の支払条件に、被申請人が明伸建設に当然支払わなければならない同人の居宅等の建築工事代金をも含ませていたことから、被申請人が右支払条件を承諾しなかったため、またしても右問題は解決しなかったこと、ところで、「永楽荘」は四〇室を有する木造二階建のアパートであるが、本件建物の南側と向き合っている部屋は、一、二階で六部屋あり、本件建物の建築着工当時は右六部屋を含めてなお四〇世帯の家族が居住していたが、本件口頭弁論終結時には右六部屋のうち空部屋になっているものがあること、「永楽荘」はその東南角付近において本件境界に最も接近しており、その間隔は、最も狭いところでは一メートルにも満たないところ、本件建物の建築により、その上空においては本件建物の外壁と「永楽荘」の二階の庇の先端との間隔が増々狭くなり、このため「永楽荘」の右六部屋の採光は著しく阻害されることになり、その他通風の阻害、覗見の危殆感も予想され、更に右六部屋のうち少なくとも東南角の部屋については本件建物に跳ね返る雨水による被害も予想されうることがそれぞれ認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によれば、被申請人が、仮に本件建物の建築工事禁止の仮処分決定によって多大の損害を受けたとしても、申請人のなした本件仮処分申請を権利の濫用であるとはいえないであろう。

五  以上によれば、本件仮処分申請は理由があるから、右申請を認容した原決定は正当であるので、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 最上侃二)

<以下省略>

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